吉田松陰の秘められた恋!

いかで忘れん―久子と松陰

いかで忘れん―久子と松陰

しっとりと味わい深く、なおかつ読むうちに教養も高めることも出来る。そんな小説がある。『いかで忘れん 久子と松陰』(松原誠著、新人物往来社刊)である。

被差別民である芸人を家に近づけた罪で投獄された高須久子とペリー来航時に密航を企てて囚われの身となった吉田松陰は、獄中句会や講話を通じて次第に心を通わせていく。獄中での静かな秘められた恋を、落ち着いた筆致で描く秀作である。

吉田松陰という人物の人間性に触れると同時に、その思想の奥の深さも知ることが出来る。久子の境遇を知った松陰が「人が人をいわれなき理由で差別するなど、あってはならない」と力説する。それは、松陰が民衆による革命も視野に入れた「草莽崛起」の思想とつながっている。そして、それは松陰獄死の後、愛弟子の一人、高杉晋作奇兵隊を組織した時、その一隊となった「諸隊」に被差別民だけで編成された「維新団」「山城茶筅組」「一新組」という形で具現化されていく。

吉田松陰といえば、勤皇主義者すなわち天皇中心主義を唱えた人物と捉えられ、その枠内で賛否が論じられがちであったが、この書を読むだけでも、とてもそれだけには収まらない独特な個性を持った思想家であることが理解されることであろう。

多くの歴史愛好家に読まれることが望まれる書である。

(本の博物館館長代理・ 菊池 道人 )

*この記事はツカサネット新聞に掲載されたものです。